今日の全校朝会では、藤沢小学校の歴史について、話します。
みなさんに聞きますが、藤沢小学校は何年目でしょう。
正解は6月で、129年目になります。
明治22年の6月、今から128年前に、藤沢村立藤沢尋常小学校として開校しました。
平成 昭和 大正 その前が明治です。ズーと前からある学校です。
さて、この写真は、どこの写真でしょうか。
ヒントです。1年生の皆さんは6月に見ています。
正解は、仙元山の 字で言うと「人見」にある 昌福寺というお寺です。
藤沢小学校と、この昌福寺というお寺は、じつは深いつながりがあります。
実は、藤沢小学校のホームページにも前に載せましたが、
藤沢小学校は、人見の昌福寺に開校しました。
新しく藤沢小学校の校舎が建てられるまで、14年間藤沢小学校として、昌福寺の建物を使わせていただきました。(住職の荒井さんに、お声がけして、写真を撮らせていただきました。)
もちろん、当時はこのような立派な本堂ではなく、わらぶき屋根の建物でした。
そのころの写真が残っています。藤沢小学校の歴史において大切な1枚です。
この写真は、大正時代の藤沢小学校の様子です。
今の藤沢小学校と同じところがあります。どこでしょう。
正解は、松の木です。学校の横のお寺、「一乗寺」さんにあった松だそうです。
この写真の松の木は、12年前まで藤沢小学校に残っていました。藤沢小学校のシンボルツリーでした。
残念ながら、枯れてしまいましたが、藤沢小学校を大切に思ってくれた地域の方々が、今の新しい松をプレゼントしてくれました。体育館から帰るとき、見てくださいね。
さて、この写真の冊子は何だと思いますか。
これは、学校沿革誌という学校の歴史を記録していく冊子です。
この冊子は永年保存といって、これから先もずーっと残っていくものです。
なんと、先生方の名前がこの学校沿革誌に記入されて、ずーっと残っていきます。
藤沢小学校の歴史の一部です。
残念ながら、児童の皆さんの名前は、学校沿革誌には載りません。
でも、安心してください。
これは、卒業生台帳というものです。藤沢小学校の卒業生全員の名前は、この台帳に残っていきます。卒業生台帳も永年保存です。これから、ずーっと残っていくものです。
だから、皆さんも、藤沢小学校の、大事な歴史の一部になっていきます。
みなさんのお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんが藤沢小学校の卒業生だという人、どのくらいいますか?きっとみなさんのうちの人の名前も載っているはずです。
これがみなさんの名前が載る4冊目の卒業生台帳です。
6年生のみなさんは、来年の3月には、この台帳に名前が載ります。
まだ新しい台帳なので、1年生のみなさんもこの台帳に名前が載ります。
なにか、うれしいですよね!
藤沢小学校の卒業生は、数多く「藤沢地区」に残ってくれています。
学校の校医さん、先ほどの昌福寺の荒井住職さんもです。
地域のみなさんは、藤沢小学校のことをなつかしい「ふるさとのような学校」のように思ってくれているから、藤沢小学校のために、いろいろなことで協力してくれていると思います。
今日の校長先生のお話のまとめです。
実は、みなさんも、藤沢小学校の歴史の一部なんです。
みなさんも将来、卒業して、何十年後かに、藤沢小学校にもどってくるのかもしれませんね。
保護者として、地域の人として、先生として、もしかしたら、校長先生としてかもしれませんね。
校長先生の話はおしまいです。